火曜会

火曜会は、言葉が帯びる身体性を押し隠すのではなく、それを多焦点的に押し広げることこそが研究行為ではないか考えています。また研究分野の境界は、分野の前提を再度議論する中で、連結器になるとも考えています。

火曜会通信(10)辻原登を読む

 

辻原登を読む:「引揚げ文学」の範囲と拡張化の可能性(2015年11月25日)

ニコラス・ランブレクト

 

[ロバート・ルイス・スティーヴンソンは]死と賭をするような気持を有っていた。死の冷たい手が彼をとらえる前に、どれだけの美しい「空想と言葉との織物」を織成すことが出来るか?之は大変豪奢な賭のように思われた。

―中島敦の「光と風と夢」、別名「ツシタラの死」

 

先日火曜会で皆さんと一緒に読んだ藤原ていの「流れる星は生きている」、辻原登の『片瀬江ノ島』『枯れ葉の中の青い炎』『あやまる父、怒る父』と引揚げ文学の関連性について充実した、意味深い議論ができて、皆が集まる場の力を改めて感じました。

辻原登の作品の中に「許されざる者」という歴史小説があります。日露戦争と紀伊半島を奇妙に結んだ小説で、同じ名の有名な映画とは無関係です。(ちなみに辻原登にはジョセフ・コンラッドの名作と同じ題名の「闇の奥」という本もあり、題名が他の作品と重なるのが好きのようです。)火曜会のあとの集まりで福岡先生はこの「許されざる者」という本について話をなされ、次の日に私は本棚から上篇を取ってページをめくってみました。すると最後のページに、absent-mindedという英語の熟語がローマ字のままで出ていて、そこに目がとまりました。

Absent-minded (上の空)は大体批判めいた意味で使われており、目の前にあることをちゃんと見ていないという意味である。しかし、日本語の小説の中でこの英語を見ると、文学の特徴の異化・脱自動化 (defamiliarization) の効果が高いためか、逆に考えてしまうのはそのマインドの行き先です。辻原登の場合、「ここにいない」心は想像上で「通常見えない」物事の関係を網のように結んでいく傾向があるかもしれません。辻原登の作成する話は「空想」の網でできていても、現状の言説環境からかけ離れるところもあって、私は辻原登の作品は「ここから見えていない」ことをたくさん教えてくれる可能性を感じます。

これと同じように、『枯れ葉の中の青い炎』の議論の中で、「記憶せよ!」という解釈が出てきました。この呼びかけは、実際にその出来事を経験した人、歴史を生きた人に向けているものではないように思われます。やはり辻原登の文章は単なる「引揚げ文学」とは言えなくても、今回一緒に読んだ作品は引揚げと、その経験・記憶を扱う芸術作品に何かを「しようとしている」かもしれません。記憶と歴史から消えつつある引揚げの記録と経験を活かす・甦らすことで、まだ解決まで至っていないアポリアを表象しようとしているではないでしょうか。結局この表象のしかたによって引揚げ文学を定まったジャンルとして研究を進める言説環境を脱構築する効果があると思います。それにしても、辻原登の活動と、引揚げ文学をジャンルとして扱おうとしている研究者の目的はどちらも「問題提起」にあるように思います。

藤原ていの「流れる星は生きている」について話しているとき、途中から主人公の「藤原てい」がどのように家族と一緒に日本に移動(帰国)したのかという話ではなく、また、作家の藤原ていがどのようにこの小説を作り上げたのかという話でもなく、むしろ小説自体がどのように移動してきたのかが主題になっていった気がします。この小説の移動から考えると、引揚げの記憶は決して引揚者だけに管理・支配できるものではありません。また、引揚げ文学の移動は「日本国」に限られた現象でもありません。引揚げと同じように、「話の移動」は国境を越えた問題で、様々な場所の社会構造に影響するプロセスであると思われます。

文学は人々と同じように移動して、その移動の経過に伴って少しずつ新しいものに変わっていく。同じジャンルの枠に入れなくても、藤原ていの「移動する小説・記憶」と辻原登が甦らせる「退かされた・隠蔽された歴史」はこの線で繋がれているように思われます。この線の意義はこれからも火曜会の皆さんと一緒に考えていきたいところです。