火曜会通信(34)火曜会で『出口なお』を読む
10年ぶり?に火曜会で『出口なお』を読む(2016年6月29日)
永岡崇
『出口なお』のなかに、正義の神としての艮の金神は同時に「我」の強い神であり、それはまたなおの「我」の強さに対応しているという分析があります。それは同書のなかでももっとも鮮やかな印象を残す部分のひとつですが、僕はさらに、それは安丸良夫という歴史家の「我」の強さでもあったと感じます。たとえば安丸さんは―この世代の日本史研究者では例外的といっていいと思います―フェミニズムやポストコロニアル理論をふくめて東西の理論的著作にも通じ、自らの論文にも反映させていますが、その場合にも、無批判に援用して自らの主張を代弁させるというようなことはけっしてありません。つねにそこには他者の理論との対決があり、反省的な契機が介在するのであって、最終的に安丸さんのテクストには、そうした対決と反省を通じてきたえられた彼の思考が残されることになります。筆先的にいえば、そうした「我」の強さというものが、安丸さんの文体を形作っているのだと思うわけです。
火曜会の議論でも出たように、この本が生まれるための決定的な条件を提供したのは、1960年代前半に行われた『大本七十年史』編纂プロジェクトでした(これについては少し調べたことがあるので、くわしくは拙稿をご覧ください)。後に安丸さんは「立場や発想の違う人たちがたくさん集まって自由に議論したこの会議は、いまから考えて、きわめて興味深い稀有のものだった」(「榮二先生の思い出」『愛善世界』286号、2007年)と振り返っています。当時安丸さんは20代のなかばで、ときには国会議事堂前に座り込んだりもしながら(『日本の近代化と民衆思想』のあとがき参照)、亀岡の大本本部に通っていたわけです。このときの筆先との出会いが安丸さんに強い影響を与え、10年あまり後の『出口なお』につながっていったことは間違いないのですが、編纂会での信仰当事者との議論が、この本にどのように反映されているのか、ということについては充分につまびらかにできていません。どちらかといえばここでも、他者との議論を通じてきたえられた安丸さんの歴史家的「我」というものが全面的に展開されているように感じられます。
「零落れた神たち」の章は、筆先の海に身を浸し、それをなおの生活世界に対照させることで、彼女の神学を再構成してみせたものですが、それは同時に「筆先原理主義」(岩波現代文庫版あとがき)にもとづいた安丸さん自身の特異な神学でもあります。心理学的な説明原理を活用して前半生の苦難-神がかり-筆先の思想のあいだをすき間なく結びつけることにより、なおの生涯と筆先は、私たちにも理解可能な意味に満ちた存在として立ち現われてくる。「なおの教義を、ことさらに神秘めかしたり深遠めかす必要は、まったくないと思っている」(岩波現代文庫版、104)という言い方などは、信仰当事者の反発を招きかねない表現ではありますが、安丸さんなりの神学的立場を示したものと受けとれると思います。彼の神学構築にどのように応答するのか、読者に鋭く応答を迫ってくるような、そういうテクストであるのではないか、と。
安丸さんのテクストは、退屈な決まり文句と思われてきた質素、勤勉、孝行……といった通俗道徳や、解読困難な民衆宗教の教典などに分析的に切り込んで、それらがじつはきわめて豊かな歴史的経験を凝縮したものであること、そこにかけられた膨大なエネルギーがあり、それを梃子にして社会の全体性を批判的に見返すことができるのだということを、たしかな迫力をもって伝えています。火曜会通信(31)で森さんも「救済」という表現を使っていらっしゃいますが、安丸さんの仕事はたしかに、歴史のなかの「くず」とされてきたものを「救済」しようとするものであったのかもしれません(議論のなかでちらりとその名が出たベンヤミンと響き合うところがあるとしたら、そこでしょうか)。
しかし、安丸さんは農民たちや教祖たちの実践からある種の合理的な思考を抽出する一方で、呪術的なものや神秘的なもの、あるいは過剰な欲望の表出といったものには否定的な態度を示しています。安丸さんによる「救済」の作業そのもののなかで、ふたたび「くず」が沈殿してしまう。呪術や神秘などは、安丸さん以前から「くず」とされてきたかもしれませんが、彼の介入を境として、それまでとは異なった相貌を帯びるにいたっていることに注意する必要があります。
僕は、この新たな「くず」を生み出した安丸さんの介入力を肯定しながら、自分なりの「我」をもって、もうしばらくその「くず」の前に立ち止まってみたいと思っています。新しいくずを「救済」することは可能なのか、そもそも「救済」はなされるべきなのか、そうだとすれば、いったいどのような歴史意識の再編が必要なのか……、考えるべきことはあまりにも多く残されています。