火曜会

火曜会は、言葉が帯びる身体性を押し隠すのではなく、それを多焦点的に押し広げることこそが研究行為ではないか考えています。また研究分野の境界は、分野の前提を再度議論する中で、連結器になるとも考えています。

火曜会通信(42)

 

「北の想像力を考える―玉井裕志と「原野」に何を見出すのか―」(2016/12/6発表)

番匠健一

 

 

■火曜会という場所で、、、

今回の発表では、ディスカッションペーパーの導入と時間配分など変わりつつある火曜会の形態を意識して(もしくは意識しすぎて)、形態から垣間見える火曜会の思想的中心部分とその思想的中心をあぶりだすための方法論とはなんだろうかと自分なりに考えてみた。

 

「今期の火曜会発表に向けて

なぜ火曜会に参加しているのだろうか、と自分に問うことが多い。火曜会という場所がなんであるのか、火曜会において何ができるのか、ということが毎回(必ずしも明示的ではなくとも)問われ、その説明を参加者はすべて言葉にするわけではないが考えているということを今期は特に感じる。

第一回目で少し話したように、火曜会という場を振り返って、自分がもっとも面白かった、「火曜会らしい」というのはこういうものだと思った回のほとんどは通常の研究発表→討議という流れとは異なっている。それは素材(絵画、写真、映像、文学作品など)、あるいは「資料」を前にそれぞれの参加者が異なる切り口から思いを発言し、その「異なり」を繋げていくことからでてくる何かを共同で言語化していくようなものであった。それは研究行為のなかで個人化されることが当然であるような、資料を読み解きアウトプットするという行為をそのプロセスに引き戻して「共同性」のなかに置くようなことでもある。

今回の発表では、論旨が散漫になることも重々承知しながら、2016年9月に行った道東の調査を、文学―写真―映像―……、というアクロバティックな流れのなかにそのプロセスを置きたい。」ディスカッションペーパー、12月7日より

 

成否はさておき、事前に文学作品の短編を配布し(ディスカッションぺーパーは直前になってしまったが、、、)、当日は冒頭に自分の問題意識や議論したいことを簡単に報告、参参加者13名からの発言(コメントや問題提起)を受けて、後半には写真とコメント、そして映画『遥かなる山の呼び声』を40分ほど共に観るという「経験」が入り、休憩の後、再度議論するという流れであった。発表から議論へという単純な流れ、発表者と質問者という区分をこえて、文学作品とディスカッションペーパーについてそれぞれが持ってきたものが、討議と写真・映像を「共に」見るという「火曜会の時間」のなかで変容しつつ積み重なっていったように思う。

 

■玉井裕志「排根線」と根釧パイロットファーム

鄭信赫さん、南宮さん、竹内さんなど数人から発表の前提となっている山田洋次における植民地経験と北海道の関係が分からないとの指摘があった。次回から、論文も添付しておこうと確認しつつ、今回の発表テーマである「北の想像力」に「外地」経験や「引揚げ」経験というものを前提として設定しすぎていることを痛感した。作家である玉井の経験的や、作品「排根線」から立ち現れる問題領域は、日本帝国と切断されている、ととりあえずは確認できるだろう。

しかし逆にこうは考えられないだろうか。第二次世界大戦の終結、日本帝国の敗戦、ミズーリ号、「外地」居住者の抑留と引揚げの悲惨な記憶によって切断されているカッコ付き「植民地経験」なるものと、戦後の北海道の道東で展開していった出来事(戦後開拓、引揚げ者たちの入植、世銀・アメリカ農業機械メーカーによる開発、開拓地での酪農に夢をかけた入植者)は、別物なのだろうか。入植という経験(それは「開拓」、「植民」、「農業移民」という用語において歴史的にも認識論的にも区分されている)から考えた場合、入植する経験の連なり、農業機械から見える連なり、そして議論で冨山先生から指摘があった「土地に垣間見える労働の痕跡」から見た場合、歴史的・認識論的に区分された出来事を超えた連なりが見出せるのではないだろうか。それは篠原さん庄子さんから指摘のあった「排根線」における卓三の方言や家族関係であり、鄭信赫さん柚鎮さんから指摘のあった開拓地を「戦場」と呼ぶときに広がる想像力の紐の行き先でもある。あるいは、マレードさんが感じた北海道という場所をあつかった作品に「開拓地」という単語を使うことへの違和感もその出発点の一つであるように思う。この作品、あるいは発表テーマの「北の想像力」ということからすれば北海道という場所を掘り下げ、ニコラスから指摘のあった「北海道性」にかかわる問題をきちんと設定することも重要だろう。しかし、「北の想像力」の「想像力」に力点を置いた場合、桐山さんの発言にあった『北の国から』のイメージに直結しやすい形での「北海道」をさらに拡張し、北海道という地理的な制約を飛び越えるような仕掛けを考えることが必要だろう。

 

■映画/開拓経験/文学:映画『遥かなる山の呼び声』と玉井裕志

今回の発表であらためて気づいたのは、玉井の開拓経験と文学作品(あるいは文学を書くという行為そのもの)が、山田洋次の映画の撮影のプロセス、そして映画作品を見ることと切っても切り離せない関係にあるということである。玉井が話した自身の労働の言葉が映画のなかで引用される。その言葉は倍賞千恵子さんによって発話されることにより映画の文脈に置き換えられ、言葉の意味や言葉の背後にある経験が変容する。かつ玉井においては、自分の言葉・自分の労働は映画内部の言葉であり労働でもある。それは映画によって意味を与えられる「日常」でありながら、玉井が文学作品において映画から繰り返し「再引用」するという行為のなかで、それぞれを個別に論じるだけでは捕まえることができないものを獲得しているように思う。

これは発表のなかでのべた、玉井裕志さんと出会った時にでた怒涛のような言葉の海のなかで、玉井さんの労働した場所の説明がいつのまにか高倉健が馬に乗った場所や倍賞千恵子が鉄条網を貼った場所の説明になり、あるいは玉井さんの労働の言葉がいつの間にか実は倍賞さんの映画のセリフであったりすることに関わっている。当初これをどのように整理したらよいかわからず、かつこれを映画や文学の理論においてスマートに説明することが躊躇されるような、それほどの驚きであった。

玉井さんは酪農をやめてからとても時間がたった後、自分の労働の現場であり、農地を手放した後唯一残した開拓の時の家を、「玉井裕志文学館」としてオープンする。玉井さんが辛い辛い経験を何度もしながら、惹かれてやまない「原野」への思いが「文学館」という構えに浮き出ているように思う。そして「原野」を形作るものは、単に玉井さんの酪農という農業経験だけではない。映画の製作のプロセスと酪農の労働、映画を見ることと文学の創作活動、そして映画や文学とともに繰り返される言葉が相互に関わり合いながら生みだされている関係性の総体が「原野」の領域を常に押し広げているように思う。

 

福本さんから、満州に渡っていた技師の親類の方の話から、引揚げ経験がどのようなかたちで個人に定着するのか、という大きな問題提起をいただいた。議論の終了後に柚鎮さんからは、「排根線」のタイトルをそのまま「ルーツを根こそぎにする」と読んでみるという冒険的な読み筋をご教示いただいた。冨山先生から指摘いただいた石牟礼道子『流民の町』における「流れ」、ニコラスさんからの立松和平『遠雷』における開拓地、西川さんからの中上健次における「労働」の感触など、多くの課題をいただきました。それぞれ一つ一つテキストを読んで考えていきます。(2017年1月21日)