火曜会

火曜会は、言葉が帯びる身体性を押し隠すのではなく、それを多焦点的に押し広げることこそが研究行為ではないか考えています。また研究分野の境界は、分野の前提を再度議論する中で、連結器になるとも考えています。

火曜会通信(75)ー炭鉱と家族計画について

 

 

炭鉱と家族計画について(2018年7月25日)

 

姜文姫

 

今度の報告の際には、予想はしたものの私自身が立っている位置を見直す(まだ十分に消化しきれてないですが)きっかけとなりました。私自身は炭鉱において書かれた文章に興味を持ちつつそのなかで女性の労働を考えてきましたが、議論の立て方自体がすごく個人的で狭いことを、今度みなさまの質問とコメントを頂いて感じました。このような内容と議論自体に違う感触を持つ方もいらっしゃいました。議論の空間における多様性でありながら私にとってはとても新鮮な経験でした。

また、議論の場にいるという感覚を楽しむことができて、よかったと思っています。今期最後の火曜会だったので人数が多く緊張もしましたが、その分みなさまひとりひとりの顔をしっかり見て話されることを聞きました。緊張や焦りにまだ完璧ではない自分の日本語の問題のため貴重な話全部を聞き取ることができなかったことは、無念です。言語の問題も含めて議論をすることのむずかしさをつくづく感じる機会でした。みなさまのお話を全部受けて話すことが如何に大変なことか分かりました。この場を借りてもう一回お礼を申し上げます。以下では長々となりますが議論の場を思い出し、反芻しながらもう一回まとめてみます。

 

生殖を「コントロール」するということばのくくりが釈然としないと、感想を寄せてくれたことについて。私も先行研究を検討するなか同じことを感じました。国策であったことから国策との関係のなかで言及される場合が多いとはいえるが、一番恐ろしいことは、そういった意識(生殖統制から理想像としての近代家族のイメージと子育てまでに関して)が当たり前のように通用され、疑わしいものと考えることさえできなくなってきたというところです。個人的な話になって恐縮ですが、私の女友達のなかに妊娠・出産・子育てを経験している者の9割は、そのような考え方を持っています。それから少しでも変わった考え方は「非倫理的だ」「無責任だ」と言われます。人間の持っている考え方の根強さを感じます。生殖統制(優生保護法を含めて)はなにより、日常生活に入り込んでいる話でもあって、身近なことでもあります。命がけの仕事、思いのままにならないと感じるなどの感想から見てもそうです。

森崎和江の書いた詩など(特に「おるのにない」というくだり)を通じて、自分の身体に起こっていることを見つめているが、そのことが言葉にできないのではないか、と指摘下さったコメント。ディスカッションペーパーで論じたバース・コントロールに関する言説とは異なる角度で、女性が、保健婦が自分の身体と性をどうみたかについてもっと考える必要があると感じました。そしてそのように自分の身体に起こっていることを凝視すること自体が、女性の身体を対象化することへの抗いでもありうると、理解しました。自分の肉体と自分の考えていることのバラバラさ、ことばにつかみきれないという指摘もありました。

生殖に関する選択と意思が能動的な・主体的な行動に回収されてしまう世界があるとのコメント。確かに保健婦、助産婦の視点からみればそのようなものがみえるかもしれません。アフリカでのエピソードから覚えた「爽快さ」、日本において流通される「産まれる」という動詞の使い方。身に染みるような話ばかりでした。

当時の助産婦たちは何を語ろうとしたか、オルタナティブな空間を作ろうとしたのではないか、とのコメント。まだ関連資料を読み込んでないのではっきりは言えませんが、言われてみると確かに彼女たちの仕事を通して国策の変動とは異なるものがみえる可能性があります。国家―個人(もっとアカデミックな言葉にできなくてすみません)という関係設定からまず逃れる必要があるかもしれません。

ディスカッションペーパーで取り上げた保健婦かな子と森崎和江の文章に書かれてある助産婦のことが重なる部分も重ならない部分もあるとの指摘もありました。かな子という人物へ注目はしたものの当時(特に戦後の1950年代から)保健婦・助産婦についてまだ不勉強で十分解明ができませんが、単なる映像での表現だと判断することは一旦やめたいと思っていました。実際に彼女らが行った仕事に注意を払いながらもかな子のことがなぜそのように表現されたか、その背景についても考えてみたかったです。

「私たち世代の先輩女性である助産婦は、戦後、身をもって感じとってきた社会的個人的性差別に対して、職業女性の最前線として、新しい発想と意欲をもって対処していたのです。」(48)「…日常性の次元で個々の人格のまにまに新生児を世に送りながら、意識の新生へと手を貸していた助産婦たちのかくれた働きを思わずにはおられません」(49)。この森崎和江の文章と、かな子のやった仕事との関わり。『ある近代産婆の物語』(西川麦子著、1989年、緑の館)という本は明治時代から西洋医学の影響や教養と国家の免状を持って地域で働いていた産婆の聴き取りを丁寧にまとめています。本のなかで西川は「近代産婆」とは日本に存在してきた伝統的な「とりあげばあさん」とは異なり、「国家が規制して新たな形を作りかえて再び地域社会に送り込んだ職業である」(西川麦子1989:10)と書いています。彼女らは「新しい文化の担い手」であり「常に地域の文化のなかで活躍してき」ました。ここで言う「文化」とは、文脈によると出産に関わる様々な方法と風習といえます。(おそらく岡本さんがおっしゃった、森崎和江が言っている「文化」とはまた違う意味でしょう)LGBTQIAの「非生産性」の発言が問題になって物議をかもしていて、生産/再生産ということばへの再考察が必要ではないかと、漠然的に思っていますが、現在の視点からみると出産方法などが地域の文化と同様なものであると話すことも議論を限定してしまうかも知れませんが、ある地域のある階級、ある階層の人々にとっては生殖に関することが文化であり、知識でもあることは事実だと思います。(『ある近代産婆の物語』もそのようなことを前提にしていたに違いないと思います。)もしくはそのような仕事及び生殖をめぐったことを「文化」と作り上げたと言ってよいかも知れません。

地域社会の「先進的ではなく、むしろ微温的」(37)な気風、内地での性差別といったものについてもコメントを頂きました。森崎自身の「伝統的なお産」ではないお産と、彼女がいる場所における彼女自身の位置付けが彼女の日本への眼差しとどのような関係にあったかも気になります。

炭鉱という「特殊」な場所についても何人かの方がコメントを下さいました。私自身が炭鉱に引き寄せられたきっかけみたいなものも、実は当時の自分からみれば特殊な場所にみえたからでした。そうだったのが、なぜか今度の議論のときは「特殊(性)」が新しい響きをもった言葉に聞こえました。果たして炭鉱は閉鎖的でありながら会社・国家に管理されるだけの場所であるか、と自分に問うています。そうであれば、それともそうでなければ、家族計画運動との関係設定はどうすれば良いだろうか。

「こども」の立場からみたら、こどもへの見方とはというコメント。難しいです。もっと考えます。

生殖とセクシュアリティ、それに関わる知識を指導することについては、出産に限らずもっと言うべきだとのコメント。生殖に関することを男が色々な面において新知識として具現化したという森崎の文章(46)を引用して下さいました。助産婦たちは何を考えたか、何が生殖やケアにかかわる知識として分類されうるか、それに加えて、セクシュアリティが知識として見なされそのなかで出産だけがピックアップされることへの危惧性を指摘していただきました。要するに子育てなどのケアの領域も考えなければならないということですが、その際エロスとは・・・?という問いも出てきました。今度のディスカッションペーパーで取り上げることはできませんでしたが、確かに家族計画運動とはそもそも子育てといった領域まで含んだものであり、密接に関連しています。近代家族モデルの議論とも関係があると思います。これに関連して、母性愛というものはどこから、いつからという問いもありうるでしょう。

 

全部の話をちゃんとまとめることはできなかったですが、まとめてみれば、全部の話がどこかで接続しているような気がします。冨山先生のおっしゃった―対象としての炭鉱ではなく、人口・家族計画にはりついている「手におえなさ」を炭鉱の話にどうする?という―大きい問題が残っているように思います。ここでの「手のおえなさ」は、おそらく上野英信がみていた中小炭鉱の世界とは無関係ではないでしょう。そしてそれを一番よく知っていた森崎和江。ここでも一つのつながりがみれます。

みんさま、今期もお疲れ様でした。暑い日がつづいていますが、どうか楽しい夏休みをお過ごし下さい。