火曜会

火曜会は、言葉が帯びる身体性を押し隠すのではなく、それを多焦点的に押し広げることこそが研究行為ではないか考えています。また研究分野の境界は、分野の前提を再度議論する中で、連結器になるとも考えています。

火曜会通信(78)ー金時鐘『猪飼野詩集』をよむ

 

金時鐘『猪飼野詩集』をよむ(2018年11月7日)

冨山一郎

 

「通信」を書く作業の要点は、議論を記録し、議論を、読むという営みのプロセスにおき直すことにあると思います。どうしても記録というと、すべてを網羅して捉えておく必要があると思い込んでしまうのですが、議論を読むということに力点を置き直して考えてみると、やはり「私」を媒介にすることが重要なのかもしれません。「私」を媒介にしながら議論を模写してみること。それは、他者の言葉とともに私を押し広げることなのもかしれません。

今回ディスカッションペーパーを、内容の説明ではなく、背景あるいは系譜のなかで最初に話そうとしたとき、思わず飛びついた記憶がありました。それは当日話したように、まだ私が大学院生のころだったでしょうか、寄せ場学会で、私が沖縄から大阪に働きに来た人たちの歴史の話をした際の講演者として、金時鐘さんがいました。1980年代の半ば頃だったと思います。ディスカッションペーパーでもまた火曜会でも話をしましたように1970年代以降の寄せ場の運動は、反差別闘争や沖縄闘争とも重なり合いながら展開しました。寄せ場学会での金時鐘さんの話を聞く雰囲気もまた、「連帯」ということが強く期待される雰囲気に包まれていました。また当時喫煙はどこでも自由で、講演会場はたばこの煙とヤニの匂いに包まれていました。

金時鐘さんは、開口一番、「垢じみている」と発言しました。それは、その場の雰囲気を、すなわち、ただ「連帯」の物語を聞こうとしている、煙に包まれ吸い殻があふれている場の状況を、一気に指摘した言葉です。そのあといろいろ話をされましたが、この「垢じみている」という最初の一言で、会場が凍り付いたことを覚えています。苦しまぎれに話そうとすると、いろいろなことが想起されたり、関係ないと思っていたことが化学反応を起こして登場したりもします。この寄せ場学会の場面も、そうでした。そして、皆さんと議論をしているうちに、ディスカッションペーパーは、この垢じみた「連帯」を考えるために書こうとしたのだということが、自分でもありありと理解できたのです。

ペーパーにもあるように、『猪飼野詩集』は1975年の2月より季刊誌『三千里』に連載された詩を収録したものです。そこには1973年2月1日を期に、「猪飼野」という町名が消滅、いや「よってたかってけしちまった」ことがあるでしょう。だがそれだけではなく、金時鐘さんが1973年に湊川高校で解放教育を担い、被差別部落に関わる解放運動や、反差別闘争とのかかわりを深めてきたことが、詩集の背後にあるに違いないと、私は思いました。「解放教育選書」として刊行された1975年の『さらされるものとさらすもの』は、こうした展開の中で書かれた文章をあつめたものです。ディスカッションペーパーは『猪飼野詩集』とこの『さらされるものとさらすもの』を往復しながら、ペーパーを書いたわけです。

そして火曜会での議論の中で、私が考えようとしたことが、金時鐘さんに刻まれた済州島から猪飼野へという歴史よりも、いやそれだけではなく、この解放教育や1970年代の関西地域において展開した反差別闘争(そこには沖縄闘争もはります)なかで金時鐘さんが自らを媒介にして何を成そうとしたのかということにあったということに、気が付いたいのです。

それは金時鐘さんを個人化し、そこに込められた歴史を彼のライフヒストリーにとじこめたうえで論じる傾向への反発だったのかもしれません。あえていえば、なぜ金時鐘さんは、「連帯」の中で「猪飼野」にこだわったのか。いいかえれば、垢じみた「連帯」の中で『猪飼野詩集』はいかなる磁場を構成したのか。ここに考えたいことがあったのです。

自らに刻まれた歴史や自分自身を説明しようとすることは、その人自身にかかわることというよりも、説明という行為を成り立たせている状況にかかわることなのでしょう。自分は何者なのかという本源的に見える問いは、まちがいなく「他人に対して存在すること」なのですから。そしてまさしく自分自身を説明する言葉とその状況において、暴力という問題が浮かび上がるように思うのです。言葉において自分を確保することが、次第に後景に退き始める時に感じる「危険にされされている」という感覚が、金時鐘さんの言葉には帯電しているのです。「連帯」はこの感覚において垢じみ始めるのでしょう。

それはやはり状況を作り上げる営みです。あえていえば新たな連帯を模索する試みです。『猪飼野詩集』を、そのような営みを担う言葉たちを収録した詩集として私は読んだということを、火曜会の議論の中で思い知らされた次第です。また議論がすすむ中で次第にこのように思い知らされはじめた私は、金時鐘さんの作品を論じる多くの場では、きっと異なる展開をするのだろうと勝手に想像しました。すなわち多くの場合、金時鐘さんをどう理解するのか、あるいは解釈するのかということに重点がおかれ、状況をいかに作り上げるのかという問いはなかなか登場しないように思います。この違いは、やはり読むという行為にかかわることなのでしょう。状況を作り上げるために人の言葉を受け取りたいと、改めて思った次第です。