火曜会

火曜会は、言葉が帯びる身体性を押し隠すのではなく、それを多焦点的に押し広げることこそが研究行為ではないか考えています。また研究分野の境界は、分野の前提を再度議論する中で、連結器になるとも考えています。

火曜会通信(99)

 

「アドレッセンス」を見て

(2025年4月23日映画『アドレセンス』を見る <案内李啓三>へのコメント)

米田量

 

 

環境に対して責任をもつあり方について、思いおこしたのが西鉄バスジャック事件の被害者の方の話でした。

 

西鉄バスジャック事件

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E9%89%84%E3%83%90%E3%82%B9%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BA%8B%E4%BB%B6

 

17歳の少年がおこした事件でしたが、被害者の方が逮捕された少年にその後面会して対話されたとききます。

被害者の方は、彼がなぜそんなことをやったのか、全く理解ができなかったけれど、少年との話のなかで居場所がなかったと聞いたときに納得ができたそうです。

その納得というのは何なのだろうと勝手に想像していたのですが、僕にはそれが被害者の方が今まで自分のケアする領域とみなしていなかった、いわば世界に対する社会的責任を知ったということではないかと思えました。

大きな社会や世界のありようがどうであろうと、自分が直接にかかわって、じっさいに誰かや何かに責任を問われることだけに責任をもてばいい、自己完結の責任だけ果たせばいいと多くの人がみなすのなら、その間にある世界環境は使い尽くされ、またゴミ捨て場となってすさんでいきます。

勝手な想像ですが、被害者の方は、多分少年に刺されたうちのお一人だったと記憶していますが、ある意味自分だけ問責されなければいい責任の世界で生きてきて、この事件に出会い、自分の生きるレールを不本意に大きく壊されてしまいました。

壊されたことの意味を見いだそうとせざるを得ない、行き場のなさのなかで見出されていくのは、個人的に問責されない領域であっても、人は世界に対して責任をもつはずのものではないか、また自分たちはさまざまなものがあらかじめ奪われた人たちに対しても問答無用で一律の自己責任をあてがい、その責任の遂行を当然とみなす非人間性のなかにいなかったか、ということなどではなかったのかと思いました。

あり得ない自分勝手な暴力を行使した相手と自己責任を守ってきて何も悪いことをしていないはずの自分。それまで圧倒的に非対称だった少年と自分が同じ人間になる地平が、自身の社会的責任、世界に対する責任を見出すことであり、被害者の「納得」だったのではないだろうかと思ったのです。

世界の全てにいわゆる「責任」をもつことは荒唐無稽に思えますが、自分という生きた場所もまた世界の一部と思います。

外の影響を既知のものとして処理するだけになった、固まった自分の外殻は、このような逆縁によって亀裂をいれられたとき、その亀裂は世界との関係性を質的に更新していく生きたプロセスをよびおこすと思います。

そして思考という外殻ではなく、亀裂の内側に閉じこめられていた生きたプロセスとしてあるからだが、外殻としてあった古いわたしに遮断されていた世界との新しい連動を編み重ねていこうとする自律的な動機を活性化し、その人の感受性を移り変え、同時に今まで無感覚だった世界に対する応答的感性をその部分において回復していくようにみえます。「責任」はそういうふうに身体性に重ねられていくものではないかと思います。

あと、人間の変化について、アドレセンス4篇で父親が泣くシーンがあり、会の時間にも何人かが言及されましたが、自分はあのシーンはひらけのように感じました。ハックルベリーフィンの冒険では、ハックの父親が一旦反省してもやっぱり変われずに元に戻るのですが、アドレセンスのあのシーンは、自分の外殻が壊れないままの反省ではなくて、それまでの外殻が不可逆的に壊れるまでいっている感じを受けました。これから周りが期待するように彼が良くなるというような保証もないですが、外殻が壊れること自体がいやおうなく人に質的な変化をもたらすことは間違いないと思います。

マーク・フォースター監督の映画「チョコレート」では、固まった黒人差別主義者である年配の主人公の息子が、父親の前で「愛している」といいながら拳銃自殺をします。息子のそのような最後は、頑健に出来上がった主人公の殻にも大きな穴をあけうるものでした。やがて主人公はある黒人女性と出会い、もう若者ではないので今までできあがった自分の残存をそのままひきづりながら、それでも新しい生に向かっていきます。深い変化には、それまででできあがった自分が大きく壊れることが前提としてあります。

 

映画「チョコレート」

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%A7%E3%82%B3%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%88_(%E6%98%A0%E7%94%BB)