火曜会

火曜会は、言葉が帯びる身体性を押し隠すのではなく、それを多焦点的に押し広げることこそが研究行為ではないか考えています。また研究分野の境界は、分野の前提を再度議論する中で、連結器になるとも考えています。

火曜会通信(創刊号)火曜会の文書化について

火曜会で議論された内容を、自由に文書化したのが火曜会通信です。

また、この文書へのコメントや応答が連書のような形で繋がり、文書が増殖していくようにしたいと思います。

以下、火曜会の場で文書化を呼びかけた文章を掲載しておきます。

 

火曜会の文書化について

冨山一郎  2014/06/18

 

火曜会は、あくまでも対面関係において構成される場です。そこでは議論は身ぶりと共にあり、またこれまでの言葉のやりとりも、一人ひとりの身体に刻まれています。ですから、火曜会はいわゆる公開セミナーや講演会ではなく、議論が身につくとでもいうようなある種の継続性を前提にしているといってもいいでしょう。また、こうした場は、当然ながら人数的制約があります。対面関係を維持するキャパシティというのは、間違いなくあるのです。新しい参加者の方にも、まずこの点をふまえてほしいと思います。

他方で、この間多くの人々が火曜会に関わってきました。今、火曜会という対面的場での議論を見守っている人たちが世界中にいます。また参加したくてもできない場合も、当然あります。こうした人たちにおいても、明らかに言葉を共有する共同性があります。火曜会の文書化とは、まずはそこにも言葉の場を設定したいという提案です。今停止状態ですが、一年ほど前から火曜会複合体として連署的書簡討議を提案しています。この文書化も、趣旨はそれと似ています。

更にくわえて、毎回の素晴らしい討議を、ニューズレター、あるいはパンフレットのように配布していきたいという思いもあります。そこから新しい議論と場が、生まれていくかもしれません。媒体としての火曜会です。くりかえしますが、火曜会は公開ではなく、また毎期の予定も何処かに掲示している訳ではありません。そこには討議空間として規模の制約があります。文書化とは、火曜会参加者の拡大を目指すものでも、多くの読者を獲得するためでもなく、文字化された文書を媒体にして、別の討議がはじまることを意図しています。増殖する討議空間。規模の拡大ではなく、多焦点的な拡張です(Multifokaler Expansionismus―SPK、SPKについては、http://doshisha-aor.net/place/169/の文章をとりあえずご覧ください)。

報告者は短くてもいいですから、議論にかかわる文章を書いて下さい。またその際、報告者以外のメンバーにコメントを依頼してください。依頼された人も、短くてもいいですから、コメントを書いてください。いわば、期の初めの予定表、一週間前のアナウンスに加え、報告とコメントを行うことを議論の一貫としてあらかじめ設定するということです。また「短くても」というのは、たとえば800字ぐらいを念頭においています。そしてその文書たちを、<奄美―沖縄―琉球>研究センターにある「場」(http://doshisha-aor.net/place/)の「火曜会」のところに、蓄えていきたいと思うのですがいかがでしょうか。